木造伽藍

臨済宗 永保寺  本堂・大方玄関復元 岐阜県多治見市
平成15年9月、臨済宗の古刹永保寺の本堂、庫裡、大玄関が火災で焼失しました。
幸い国宝に指定されている観音堂、開山堂は類焼を逃れましたが、この不幸な出来事は、テレビ、新聞で大きく取り上げられ、全国に報道されました。

すると、焼失した伽藍は文化財に指定されていなかったにもかかわらず、多治見市在住の学生や市民を中心に募金活動が始まり、復元に向けて機運が高まりました。その動きを知り、全国から設計事務所、建設会社がその復元工事に名乗りを上げ、プロポーザルが行なわれました。
その結果、庫裡復元工事設計監理の大役を弊社に。そして3年後、引き続き本堂・大方玄関の設計監理も弊社に任せるという決定をいただきました。

しかし、本堂復元の頼りになる資料は写真のみという状況で、作業の進め方に不安を感じました。
そんな折、焼失した本堂は、後に完成した旧庫裡より柱が細く、軒の出も浅いなど、方丈伽藍として充分な構造ではなかった。そのままの姿で復元する必要なはいのではないかという意見が出され、田中義峰老師の許しを得て、弊社なりの見解を取り入れた設計を行なうことができました。
  • ■本堂・大玄関/木造平屋建て
  • ■床面積/本堂 80坪、大玄関 52坪
  • ■2011年4月竣工

  • 大方玄関の唐破風屋根と本堂の屋根が曲線を描きながら重なる様子は、日本建築ならではの美しさ。桧皮葺きがその表情をより優しくしています。本堂破風の懸魚(げぎょ)はオリジナルデザインの鳳凰です。
  • 現場で腕を振るったのは飛騨の匠、八野大工の宮大工達。良質な東濃ひのきを使い、伝統的な継手や仕口を駆使しながら、ほとんど釘金物を使わず組み上げました。この伝統工法で木材を組み上げるためには、加工精度はもちろん手順もおろそかにできません。
  • 深い軒は、松の丸太で支えられています。この丸太はハネ木と呼ばれ、梃子の原理を応用した日本伝統の工法です。ハネ木は軒の出以上に深く、小屋の中に刺さっており、これから数百年の歳月、美しい軒の曲線を保ちます。
  • 屋根は桧の皮で葺かれています。桧の立ち木から一枚一枚剥いだ皮を成型し、丁寧に重ね張りしていきました。桧皮の寿命は約35年。途方もない手間をかけて屋根を造り、また葺き替える。屋根の美しさをなにより好む日本人ならではのこだわり。
  • 大方玄関は、上に大きく盛り上がった曲線が特徴です。正面奥の壁に鳳凰が向かい合っています。ピンと張った羽の緊張感が素晴らしいレリーフは、どうしても復元したかったもののひとつ。彫刻家に、細かい注文をつけて制作してもらいました。
  • 境内へのスロープを下りると、先ずこの風景が見えます。屋根が凸にむくって、軒先で大きく跳ね上がる複雑な曲線がよくわかります。一番手前の妻屋根は東司(とうす)。つまり便所です。石垣が倒壊しても本堂を痛めないように鉄筋コンクリートで造りました。
  • 本堂北側の庭です。井戸屋形は、柱から屋根まで全て、水に強い栗で造りました。波を描いた白石の向こうに庫裡の廊下に張り出したなぐりの濡れ縁が、渡り廊下の先には耐火蔵の丸窓が見えます。
  • 本堂内陣の様子です。静かにお座りになっている釈迦三尊は、LEDの光でライトアップすることができます。境の垂れ壁は鴨居と長押、筬欄間とシンプルなしつらえ。床は清潔感漂う桧板。
  • 間口11間の胸のすくような方丈建築。高さ3.9mの天井には竿縁が通直に走ります。イメージ通りの勢い、彫りの深さを表現できる竿縁の太さと面の大きさに苦心しました。竹の節欄間は、春慶塗り漆で仕上げました。
  • 上間は12畳の広さがあります。向かって右側に本床を、脇床はケヤキの一文字棚。持ち送りのデザインはオリジナルです。天井は竿縁、板は杉の柾目。大工さんが鉋で美しく仕上げてくれました。
  • 屋根に葺いた桧皮は、桧の立ち木から剥いた皮を使いました。原皮師(もとかわし)の作業風景を視察しました。
  • 屋根の原寸検査は、永保寺大書院に原寸図を広げ、櫓の上から見下ろして行いました。
  • 総東濃桧で造りました。木材検査は、田中義峰住職に立ち会っていただき、岐阜県中津川市の中島工務店で行いました。
  • 上棟式には、中村文峰南禅寺管長はじめ、多くの随喜寺院、政界、財界の方々が参集され、盛大に厳修されました。
  • 上棟式の工匠の儀は、古式にのっとり厳かに執り行われました。

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