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永保寺 再建の記憶

臨済宗 永保寺
住職/田中 義峰 老師 様
岐阜県多治見市

菅野:2003年9月10日、多治見市の古刹『永保寺』が火災によって本堂・庫裡・大玄関を焼失したという知らせに、私は大変ショックを受けました。
しかし、その後永保寺の再建に向けて、多治見市民が募金活動をはじめたという話を知り、とてもうれしく思いました。

田中義峰老師(以下、老師):仏教には諸行無常という言葉があります。思いもよらぬ火災事故は、まさしくこの教えを身に刻むために与えられた機会だったのかもしれません。
しかしながら、多治見北高校の学生さんをはじめとする市民の皆様のご厚意に、私はとても感動したのを覚えています。あらためて永保寺が市民の皆様にとって、特別な存在であるということを認識できました。

菅野:再建工事における設計監理を任されたのには、正直驚きました。
プロポーザルに参加させていただいたものの、まさかうちが選ばれるとは…。競合相手には文化財の修復なども手掛ける錚々たる面々も含まれていましたから。
実のところ、どうせ他が選ばれるだろうと思って、プロポーザルの結果が発表される日は家族旅行に出かけていたんですよ。そうしたら携帯電話が鳴って(笑)。

老師:私たちが設計監理担当に菅野さんを選んだのは、これまでの寺院設計の実績、耐震面でもしっかりされている。日本の伝統に対する想いの強さ、そしてなにより菅野さんの誠実さに惹かれたからです。あのときの判断は正しかったと、私を含む皆が口をそろえておりますよ。

菅野:ありがとうございます。とても光栄です。
名誉ある大仕事を任されて本当にうれしく思いました。
しかし、大きな壁がありました。焼失した本堂、庫裡の復元とはいっても、資料は写真と簡単な間取りしかなかったのです。
ただ、老師と建設委員の皆様が、これから先を見据えて「かつての姿を忠実に復元する必要はない」と、大きな決断をしてくださいました。おかげで、耐震面を強化した造りにすることもできました。

老師:たしかに、これまでの歴史や個人的な感情を優先していたら、難しい決断だったかもしれません。
しかし、できるだけ永く、安全にこの寺の姿を残したいと考えたら、自然とその答えに辿り着きました。
伝統を大切にしていくということは、闇雲に古いものを残すのではなく、ときには正しい進化も柔軟に取り入れていく必要があるかもしれませんね。

菅野:本堂の懸魚や庫裡書院の欄間のデザインなど、私なりのデザインを採用していただき、本当にうれしく思っています。
また、本堂の屋根は、桧の皮を竹の釘で重ね張りした桧皮葺を再現することができました。旧本堂は方丈建築としては全国でも珍しいムクリ屋根だったので、美しい姿に復元したいと強く思いました。

老師:旧本堂よりも軒先を若干深くしたことで、以前よりも全体のバランスが良くなったようにも思えます。さすがですね。

菅野:ありがとうございます。それにしてもあっという間の7年間でした。
大変なことも多々ありましたが、風のように過ぎ去りました。

老師:はい。苦労が多かった分、落慶の際にはとても感慨深いものがありました。

菅野:法要を2012年6月18日に行われたのには理由があるんですよね?

老師:ええ。当寺を開いた夢窓疎石が1313年6月18日にはじめてこの地にお越しになった、ということでこの日にしたのです。

菅野:なるほど。私にとっても落慶の日は、特別なものになりました。重責を果たした安堵感と達成感に包まれた、とても充足感のある幸せな一日で…。多治見市民にとって心の拠り所である永保寺。この再建に携わる機会を与えてくださったことに深く感謝いたします。

老師:私も、菅野さんをはじめ永保寺再建に向けて尽力くださった皆様には、とても感謝しております。
本当に得難い経験をさせていただきました。落慶法要の当日、境内へと足を運んでくださった多治見市民の皆様の笑顔を、私はこの先ずっと忘れることはないでしょう。

(田中義峰老師は2018年4月、遷化されました)

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